モブイザでシズイザ。
十中八九付き合ってない二人で愛はない。




「シズちゃん、いいことを教えてあげよう」

臨也は、いつものように唇の端を歪めていやらしく笑いながら、いつものように人を小馬鹿にする軽やかすぎる声で、いつものように何もかもが楽しいと言わんばかりの口調で、語りだした。



―――折 原 臨 也 は 、 か く か た り き ―――



俺たちが生まれ育ち、こんにち暮らし続けているこの日本という国は民主主義をかがげた法治国家なんだ。全ての国民は、たとえ一文無しのホームレスだろうが、100万ドルの夜景を独り占めする億万長者だろうが、法の名のもと、平等に守られているんだよ。…表向きはね。
だから、暴力を振るう人間にはそれ相応の罰があるし、窃盗、強盗、強姦、殺人、詐欺、不法侵入、名誉毀損……おっきいことにもちっさいことにも、罪であるからには裁く法律がある。
さて、表向きにはと俺は言ったね。そう、表と言うからには当然ながら裏がある。
法の屈伏するもの、たとえば裏に通じる金とコネを持った人間だったり、たとえば地位のある政治家だったり、……たとえば君だ。
はは、怖い顔するなよ。
シズちゃんはいつだって自分が被害者みたいなツラをしてるけども、……聞けよ。そんなつもりはないとか、上辺の否定はいらないよ。
君は当たり前のように俺に暴力を振るうけどね、道路標識を引っ込抜き、ガードレールを壊して、自販機を投げるのだって立派な器物損壊の罪だし、君がいるせいで客の入りが悪い店があるなら営業妨害もいいところだ。ああ、お巡りさんに注意されてキレるのは公務執行妨害だからね。そもそも俺に暴力を奮うのだって犯罪だよ?暴行罪なんだから。俺だってれっきとした日本国民だもの、法の守護の対象だよ。
俺が君を怒らせるから?それだ。それが被害者ヅラだって言ってんの。
ああそうとも、確かに俺は君に数知れない嫌がらせをしてきたよ。君にしてみれば確かに正当な理由があって、君自身は暴力を望んでいないとかぬかすのかもしれない。けどね、だからって、俺を殴るのが、俺に標識やら看板やらガードレールやら自販機やらを投げるのが、合法のわけがないだろう。
じゃあ何故、今、君はのうのうと一般人を装って池袋の日の下で暮らしていられるか?
簡単な理由だ。君のあまりに純粋すぎる圧倒的な暴力の前には、どんなに警察どもが法規的手段で君を逮捕しようとしても無駄だからだ。それに刑務所の中なんて、ある意味、何より安全じゃないか。俺だって迂闊に君を殺しにいけなくなる。君にとっては刑務所の中なんかより、俺に嫌がらせされて暴力奮って後悔しながらも学習能力なく同じコトを繰り返す日常のほうが、よっぽど嫌がらせじゃないかと思うからね、裏に金とコネのある俺が握り潰してあげてるんだよ。
はは、お礼は死んでくれればそれでい…おっと。
ところで、法治国家には往々にして罪刑法定主義という概念がある。
なあに、難しい話じゃない。マグナカルタは言った。「法律がなければ犯罪はない」――実にその通りだ!
人を殺してはいけませんという法律がなければ、人を殺すことは罪じゃない。罪じゃなければ罰されることもない。簡単な話だろう?
そうそう、コンピュータウイルスの作成配布やネットダウンロードの規制なんかはね、法律の概念にインターネットなんてハイテク犯罪の想定はないからなかなか裁けないんだよ。罪じゃないから罰せられず、被害が拡大してしまうんだね。余談だけど。 そして、犯罪には訴えないと成立しないものがある。誘拐とか脅迫とか強姦とかね。そういうのを親告罪って言うんだよ。
強姦されて訴えたら殺すって言われたら、隠し続ける限り、永遠に犯人たちは犯人にすらならないんだよ。何故なら強姦されて脅されたことを告訴しない以上、それは強姦でも脅迫でもないわけだ。何一つ罪とは言えないのさ。極論だけども。
はは、そんな顔するなよ。君のチープな脳ミソじゃ処理が追い付かないかな。整理しようか。
いち、日本は法治国家である。
に、法律で定まっていないものは罪でない。
さん、強姦罪は親告罪である。
あ、あといい忘れてた。
よん、強姦罪は男に適用されない。
さて、ここから導き出される答えはひとつだよ。
シズちゃん、わかったかい?

「つまり、ここで犯罪なんか、何一つ行われていないんだ」

臨也は笑っていた。

「俺が廃工場に捕われて、腕も足ももげそうなくらいギチギチに拘束されて、殴られ蹴られ、暴れたら殺すと脅され、野郎どもの汚いペニスを不本意にツッコまれて、顔も尻もザーメンでどろどろになって、着る服もボロボロだし、終わってもロープは切ってもらえないし、仮に解放されたところで指一本動かすこともままならないとしても、別に何かしらの罪には該当しない」

臨也は笑っている。
腕も足ももげそうなくらいギチギチに拘束され、殴られ蹴られた痕も生々しく、衣服はボロボロにされて曝された足の間から不本意にツッコまれたのであろう白濁や赤い粘液を零してどろどろの状態で、それでもなお。

「愉快な経験だったよ。俺のことがムカつくとかシズちゃんみたいなこと言うくせに、シズちゃんじゃ思い付きもしないようなえげつない嫌がらせを集団でするし、ていうか憎い相手に勃起できるって凄いと思わない?俺のためにあーんなものまで買うお金の余裕があるなら、恵まれない子供たちに募金でもしたほうが余程有意義だと思うんだけどなあ。シズちゃんは見たことある?俺の腕くらいあるペニスとか。あんなデイルド、よく入ったよなあ。動かないものなだけマシかな。あれがバイブとかだったら、俺今ごろ口から内臓吐いて死んでたよ絶対。あー奥の方がまだむずむずする。つうか今も何か入ってるのかも。なんか気持ち悪い。シズちゃん、ちょっと見てくんない?……ははっ、冗談だってば。シズちゃんにケツ穴曝すとか、死んだほうがマシだよ。もちろん死ぬのは俺じゃなくてシズちゃんね」

笑うのだ。
いつもの悪態、いつもの減らず口、いつも通り平和島静雄を嫌う、折原臨也の顔が、

「割に合わない気はするけど、まあ授業料込みで面白いものを見れたってことで」

クスクスと笑う。

「個人的に報復はさせてもらいたいところだけど、ああでもあいつらカメラ持ってたし、多分仕返ししたらバラすぞってことなんだろうなあ。しょうがない、一度目だし許そう」

耳障りな笑い声。

「だからねえ、シズちゃん」

いつものように笑って

「シズちゃん、」

笑って

「シズちゃんが泣かなくてもいいんだよ」

馬鹿野郎。
お前が泣かないからだ。

「シズちゃん、やめて。君が泣くと、俺が可哀想みたいじゃないか。ざまあみろって笑うべきだ。自業自得だとなじるべきだ。それが俺と君の正しい姿だろう。そう、俺は散々人を貶めて、踏みにじり、騙し、壊してきた、最低の人間だ。これは当然の結果と言われてしまえば反論の余地もない。だから俺は俺を憐れんだりしないし、犯人の名前と顔も把握したから、腹立たしくも次があるならば何十倍もの精神的苦痛を与えて報復してやるとも。俺は弱くなんかない。卑怯で狡猾で無敵素敵な情報屋さんで、いつだって平和島静雄を悪辣な手口で殺そうと企む君の大嫌いな折原臨也だよ?―――嗤えよ、シズちゃん」

一瞬声の震えがあって、絶やさなかった笑みが消えた。
男に犯されたのだと告げた時にすら落ちなかった涙が、あるいは犯されているときすら男に縋ることをしなかった涙が、はらりと落ちる。
いつだって偽悪と嘲笑に満ちた猥雑な笑みを浮かべて、頭一つ分異常に低い背丈で見下してくる、柳か幽霊のように軸の定まらない詭弁ばかり並べて、人の心を猫なで声で逆撫でし、そのくせ揺るがないプライドばかり頑なだ。
折原臨也はそういう男で、こんなときですら笑って、誰にも縋らなかったというのに。

「俺は、可哀想になんかなりたくないんだ」

同情しないで。――戒められた指先を震わせて泣いた臨也は、どうしようもなく可哀想だった。





END


臨也の長い台詞をキレずに聞いたシズちゃんは偉い。

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