静 雄 さ ん 、 あ の ね 臨也不在。双子と静雄。 臨也には妹がいて、それも双子で、それも女版臨也を二乗した感じで、両親が海外にいることが多かったせいか、臨也の影響をもろに受けてしまったらしい。そう思えばなんだか可哀想だなと憎めない気持ちになった。 なにより、自分に多少なりと懐いてくれる二人は、変わったところはあるが屈託がなくて、臨也よりはずっとずっとマシだった。 俺と臨也は高校の頃から殺し合いみたいな喧嘩をしていて、高校を卒業しても相変わらずで、あいつが池袋から出ていく頃には喧嘩みたいな殺し合いをするようになっていたが、ヤツの妹である双子はいつも笑っていた。 「イザ兄のは自業自得ですからぁ!」 あはは、と大きく口をあけて笑うのは、いつだって舞流のほうだった。九瑠璃も否定はせず、じっとあの大きな目でこちらを見て頷いていた。 自分のところの兄弟仲がいいせいか、そいつらの兄に対する淡白さにはやや呆れてしまう。そして、可愛いところのある奴らだとは思うが、間違っても自分の妹にしたいなどとは思わない。 「おまえらは、自分の兄貴が嫌いなのか?」 何とはなしに聞いてみた。自分の兄貴を殺そうとする人間に懐くなんて、それってどうなんだと思わなくもなかった。 答えたのは、やっぱりマイルのほうだった。 「そんなことあるわけないよお!」 いつものように笑い飛ばしたマイルの横で、クルリが細い顎を縦に揺らしてコクンと頷いた。じっと、何かを憐れむような悲しんでいるような、澄んだ目がじっとこちらに何かを訴えかけている。すまないが、アイコンタクトなどは通じない。 頭をなでて、どうした?と聞くと、マイルも同じようにこちらをじっと見て、これは自分も撫でてほしいのかと思い至ったので、マイルの頭も撫でる。えへへ、と素直に笑う丸い頬が可愛かった。 「私たち、イザ兄のこと大好きだよッ」 「ああ見えても、ちゃんと私たちのこと大事にしてくれたお兄ちゃんだしね」 「うち、お母さんたちが家にいないから、その分、イザ兄がご飯作ってくれたり、遊んでくれたり、いじめっ子から守ってくれたりしたんだよ。…あはは、静雄さん、変な顔〜!」 マイルのマシンガントークは、別にいい。確かに理屈をこねくり回してぐだぐだ喋るやつは嫌いだが、マイルは言いたいことをざっくりときちんと伝えてくれる。なにより、表情豊かな声は、耳に心地がいい。 その合間にクルリが小さい声で何か言っているが、結局マイルの相槌でしかなく、二人の言っていることさして変わらない。 変な顔、というのはどんな顔だろうか。とりあえず、この双子の面倒をみる臨也の姿を全く想像できず、そもそも臨也ともこいつらとも顔はよく合わせるが、この二人と臨也をセットで見ることはほとんどない。そういえば、昔から臨也はこいつらが苦手だった。 そんな臨也が、クルリとマイルに飯を作ってやったり、いじめっ子から守ったり、そんな如何にもお兄ちゃんなことをしたとは想像できなかった。 高校上がるより前の、俺の知らない臨也が幼い女の子二人を相手にどう遊んでやったのだろうかとか、いじめっ子に苛められるクルマイすらも想像できねえだとか、余計なことを考えた。 「でも、イザ兄ってば最近全然帰ってきてくれないし、遊んでくれないし、メールの返事もくれなくなっちゃったんだもん。―――だからね、寂しいの!」 マイルは眉をハの字に寄せて、笑った。 泣きそうな顔をしたのはクルリだ。きゅうっと二人が抱きしめあって、クルリも「寂」と呟いた。女兄弟ってのは、それも双子ってのはこうもベタベタするものなのか。幽といくら仲がよくても、さすがに気持ち悪いな、と自分に置き替えながら考えた。 俺は自分事として、池袋にも来ねえ、極力関わってこようともしない臨也というものを想像して、うらやましくなった。……退屈、ではなく、平和が訪れるに違いない…うん。 「クルリがいるじゃねえか」 マイルは首を振る。 「クル姉も寂しいの。クル姉にも私がいるけど、それでもだめなの」 「…二…一…」 ふたりでひとつだから、とクルリは言った。 「私たちじゃ二人で何をやっても、独りぼっちのまんまなの」 「帰…願…」 帰ってきてほしいの。二人の声は重なった。 自分が嫌ってる人間を好きだという話なんか、聞いていても面白くもなんともないのだが、クルマイの二人の声があまりに切実で、思わず聞いてしまった。 なんだなんだ、あいつは。人ラブだの何だの言う前に、もっと大事なものがあるんじゃないのか、と思ったら、なおのことアイツを縛り上げてここに連れてきて、反省会でも開いてやりたくなった。殺すより平和的だ。要はあいつが悪さをしなければいいのだから、それで充分……あ、俺の気が済まねえかも。 「わかったよ、おまえらがどんだけあのノミ蟲が好きかってのは」 「ありがとっ」 「静…好…」 「おう」 ぎゅうっと腰に両脇からしがみついてくる細い腕。マイルの手に、殊更力がこもって、バーテン服のベストに皺が寄った。 「だからね、静雄さん。早くイザ兄のこと殺してね」 一切の感情をそげ落したような声に、はっとした。だから、がどこから接続するのかも、わからない。 どちらの言葉だ。マイルにしては小さすぎる、クルリにしてははっきりと紡がれた声に、俺は二人の顔を見ようと下を向いて、二人が揃って俺の胸に顔を押し付けているのでかなわなかった。 俺は何を言えばいいのか、何か言うべきなのか、いや、何も言いたくなくて、ただ黙った。喉に何かが詰まったようだ。 「そしたらイザ兄、もうどこにもいかないよね」 「私たちだけのものだよね」 くぐもった声が皮膚を通して響いてくる。 一瞬だけ、ぞわりと背中を駆け抜けた嫌な寒さは、臨也と会ったときに似ているようで、けれども明確に違うものを感じる。 「もう寂しくないよね」 「“ふたり”で、遊べるよね」 ―――怖い、と思っているのか。俺は。 「イザ兄、だれにも迷惑かけないし」 「ずぅっと綺麗なまんま一緒にいられるね」 「いいこといっぱい」 「いいことだらけ」 ひとつの声が歌うようなテンポで、かんかんと身体の内側を駆けていく。 ぎゅう、とクルリの手にも力がこもって、二人がそっと顔を上げた。 「だから、ねえ静雄さん。私たちは静雄さんの味方だよ」 にこりと歯を見せて笑った顔と、眉を下げた物悲しげな微笑が、同時に唇を動かした。声は、ひとつだった。 遠くで誰かの声がする。 助けて、と叫ぶのは誰の声だ。 間違うはずのない、このにおいは誰のものだ。 近づいてくる足音。人の喧騒。 嫌な声、嫌な音、嫌な予感、嫌な、嫌な、嫌な―――。 「静雄さん、早く」 俺の内側に響く天使と悪魔の声は、同じ顔で笑っている。 END ブラウザバックプリーズ |