一 人 ジ ャ ン キ ー 「俺、ファストフードって嫌いなんだよね」 そう言いながら尖らせた口にフライドポテトを放り込む。おい、だれのものだと思ってやがる。 イメージ通りと言えばイメージ通りだ。しかしだからと言って、腹が立たないわけではない。むしろムカつく。 ファストフードが嫌いなどと公言できるのは、金持ちの特権だ。 そもそもファストフードなんてのは、安く早くがっつり食えりゃいいのであって、味はあまり問題じゃない。 「そのポテトだけでどんだけカロリーあるか知ってるの?だいたい、ファストフードなんて添加物の塊みたいなものじゃないか。金払って毒物買うとか馬鹿じゃないの。原価知ったら食う気なんか失せるよー?」 そういって、二本目、三本目。おい! 「…なら何でここにいるのかなぁ、臨也君よぉ」 口でふもふしていたチーズバーガーを飲み込んでから言うと、ノミ蟲はにこぉっと笑った。 「窓からシズちゃんが見えたから」 つまり人の食事を邪魔しに来ただけか。つまり死にに来たってことだよな。つまり殺してもいいんだよな。――よし、殺す。 とりあえず食い終わってからだ。 「一本十万円だからな」 「小学生かよ。いいよー俺、払えちゃうしぃー?まっずいポテト一本でも大事にしなきゃいけない可哀想で惨めで情けない上に甲斐性もないシズちゃんに、募金してあげるんだと思えば安いものさ。俺やっさしー!」 ………この野郎。 柔らかいバーガーをもっていなければ、拳を握りこんでいるところだ。いや、そのときにはこのクソノミ蟲の顔が原型をとどめていないに違いない。 ノミ蟲の手からポテトを奪い取って、ニ、三本をまとめて口に放り込む。 しょっぱくて油が甘い。このいかにもジャンクな味が、たまに欲しくなるのだ。もちろん、たまにだからいい。 「シズちゃんて、いつもこんなの食ってんの?」 ぺろりと指を舐めながら問われる。馬鹿にしたような口ぶりにキレそうになった瞬間、臨也があまりに自然にことんと首を傾げたので、一瞬だけ気を殺がれた。やり場のなくなったそれをごまかすように、チッと舌打ちをして睨み返してやった。 「いつもじゃねえよ、たまにだ。手前みたいな薄汚い金に溢れた奴には、一生縁がねえんだろうけどな」 「あのねえ俺、こう見えても一般人なんだからね。……昔はよく食べてたよ。でも味がしなくって嫌いだった。冷凍食品とかコンビニ弁当とかも」 五本の指に付いた塩を綺麗に舐めとって、コーラで流し込んだ。全部俺のモノだ。オイコラ返せもしくは吐け、その舌ごと食ってやろうか。 「うん。不味い。」 ひとつ頷いて、臨也は立ち上がった。 さっさと消えろ、と臨也に飲まれたコーラのストローを紙ナプキンで拭いながら睨んでいたが、臨也は俺の手元を見たまま歩きだそうとはしなかった。 「ねえ、シズちゃん」 俺は返事をする代わりに、拭い終わったストローに歯を立てて吸いつきながら、眉を顰めて睨んだ。 「まっずい飯のお礼に、一人でジャンクなんか食べて満足してる、可哀想で惨めで情けも甲斐性もないシズちゃんに、俺が美味しいご飯を食べさせてあげようか?どうせシズちゃん、自炊なんてしないでしょって言うか出来ないでしょ?」 「手前の作るもんなんざ、毒入りだろ」 ケッと吐き捨てた俺に臨也はわざとらしく瞬いて、これまたわざとらしくニィと口元を歪めた。 「毒入れても死なないくせに。ていうか俺が作るなんて一言も言ってないじゃん」 「あ゛ぁ!?」 さかさまの三日月みたいに笑う視線が心底馬鹿にしているのがわかる。ついにチーズバーガーがべちゃりと潰れて、手がぬるりとした。げ、気持ちが悪い。 臨也が指をさして鬼の首を取ったかのように甲高い声を挙げて笑った。 「アッハ!もしかしてシズちゃんてば、俺の手料理とか期待しちゃった!?俺がシズちゃんのために料理するとか思っちゃったの!?」 「っはぁあぁ!?」 どうしてそうなる!手前がややこしい言い方しやがるからだろうが!どうでもいいが、店員やら他の客やらがさっきからじろじろと見ている。当たり前だ。店の中で、店の商品が不味いと散々臨也が言うのだから。 「いやぁ、こんなジャンクの対価が俺の手料理とは、随分高いハンバーガーだなぁ〜」 全部こいつのせいだ。ああ、せっかくの飯が台無しだ。やっぱり先に殺さなきゃダメだ。うん。 ということで、備え付けのテーブルを床からひっぺがした。 「人の食事を邪魔した挙げ句に言い分がそれかよ!ふざけんなコラァ!」 「アハハ、シズちゃんてばお行儀悪いなぁ!食事中は立っちゃダメなんですよー?」 耳障りな声で笑いながら、臨也は既に身を翻して、あっという間に逃げていた。考えるより先に身体が動いて、テーブルがぶっ飛んだ。 「避けるな臨也っ! 人をコケにしやがってゲロノミ蟲殺す、全殺ししてやる!!」 食事を邪魔しやがって。 今日も呼吸をしやがって! 食事を作るだの作らないだの、騙しやがって!! 悲鳴だか怒声だかが聞こえたが、駄目だ止まらない。 「手前の作ったもんなんざ、犬の餌以下だろどうせ。食い物がもったいねえ!」 「失礼だなあ。俺、意外と料理上手だよー?」 「ノミ蟲が作ったってだけで、食材への冒涜なんだよ。お百姓さんに謝れコラ」 手近にあったゴミ箱を手にした。一瞬、チーズバーガーの油でぬるりとしたが、金属の側面に指を突き刺して持ち直した。投げにくくはなったが、充分な鈍器になるので問題ない。 振り上げて叩きつけたが、紙一重で躱された。 「そうだっ、今日の夕飯はシチューにしちゃおっかな!」 決して広々とは言えない店内を、ひゅるひゅると滑るように、あちこちに逃げた。無論、ゴミ箱を持ち直して追い掛ける。俺の怒声とか破壊音に不協和音で重なる、男にしては高めの声。耳障りな声だ。 「もちろん、ルーなんて野暮なものは使わないでさ、トロットロに煮詰めたお肉と香り高い赤ワインの濃厚なデミグラスソースを、じっくりことこと睦まじく絡み合わせてあげようっと。芳醇なブイヨンの上品な甘さに心も身体もほっかほか!」 ひょいひょいっと倒れたテーブルを飛び越えて、椅子の上で意味のない一回転。 「でも、シズちゃんにはあーげない!」 ナイフが飛んできた。 「誰が食うか!!」 素手で弾き飛ばした。甲に刃が当たるが、痛くもない。 椅子の細い木枠の背もたれに器用に立つノミ蟲の、無駄に勝ち誇った顔がムカついた。こいつのせいで昼飯を食い損ねたのだと思うと余計にだ。 「どうせシズちゃんの愚鈍な神経じゃ、毒も水もジャンクもフレンチも大して変わらないでしょ」 「手前の作ったもんよりはマシだってのはわかるぜぇ?」 「アッハ、食べ物に失礼ー!シズちゃんにはファストフードすらもったいないね!」 ドガンガシャンという破壊音を逐一すれすれの所で避けるのは、わざとなのだろう。どこまでも馬鹿にしてくれやがる。 臨也は俺が投げつけたテーブルで窓ガラスが割れたところに滑り込み、間合いを取りながら立ち止まった。 細い背中が上下して、少し荒くなった息を数度の深呼吸で整えた。 くるりとコートの裾をはためかせて振り返る。 「シズちゃんなんか、犬の餌でも食べてるのが分相応だよ!」 窓の向こうには人だかりが出来ていて、遠巻きにこちらをオドオドと眺めている。見せもんじゃねえぞコラ。 逆光で顔は見えない。俺たちの間に視線をウロつかせているあいつらには、見えているのだろうか。 「意外と美味しいかもね」 笑っている口元だけが、見えた。 最後にまたナイフを、今度は顔面目がけて投げつけてきたので、キラリと光った刃先に目が眩んだ拍子、たたき落とす頃には臨也はいなかった。 「あ?」 一瞬呆けて理解する。人ごみの中に消えたのだ。 暫くの沈黙が衆人環視の中に流れ、それからざわざわと池袋に相応しい喧騒を取り戻し、俺も釣られるように怒りを思い出した。 「あああ!?」 逃げられた!食い逃げされた!ふざっけんなよ! 俺は腹が減って腹が立って、空っぽの腹に息をめいっぱい溜め込んで叫んだ。 「俺はクリームシチューのが好きだ、クソッタレがあぁあぁ!!」 とりあえず今日の夜は、肉と赤ワインでできた犬の餌を食いに、新宿に行ってやろうと思う。今日の昼飯代を請求しなければいけないのだ。 ノミ蟲の作ったシチューなど、毒が入っているに違いない。 しかしそれでも、一人で食べるポテトよりはきっと、ずっとマシな味がするのだろう。 シズちゃんが行ったら、きっとクリームシチューができてるよ(笑)。 しかも作っておきながら、ホントにシズちゃんが来るとは露とも思ってなかった臨也さん。 「犬の餌食いに来た」とかツンデレるシズちゃんクオリティ。 シズデレは分かってるけど、嬉しいとか思いたくない臨也さんが、犬の餌食いたきゃペットショップ行ってこいよ別にシズちゃんのために作ったんじゃないんだから馬鹿!とかこれまたツンデレって喧嘩に持ち込もうとしたのに、シズちゃんは臨也に昼飯取られたことにイライラして、シチューの具のブロッコリーは必要か必要じゃないかで散々悩んでるうちに何も食べないまま夜になり気づけば新宿に来ていたので、マジ腹ペコ限界なう。喧嘩するよりイイニオイさせてるシチューしか見えてないもんだから、臨也が刺そうが蹴ろうが罵ろうが知ったこっちゃねえやで上がり込んで、流されるままに食べる準備をしてしまう臨也さん。食べ終わって落ち着いたら、そういやよぉさっき刺しやがったよなあ、と蒸し返して喧嘩が始まる。 この二人はなぁなぁのうちにそのうち結婚します(`・ω・')
どうでもいい妄想が長かった(笑)。 ド●ルド及びカー●ルサン●ース等、ファストフード関係者様には不快と思われる表現があったことを深くお詫びします。 臨也のキャラクター性を考慮したうえでの表現であり、決して個人的に企業様を貶める目的で書いたものではございませんことをご承知ください。 と、言っておけば大丈夫かな!← ブラウザバックプリーズ |