恋 連 有 罪



来神時代。


 西日のさしこむ教室で、静雄は荒野に佇む騎士のような姿で、絡んできた不良供を一蹴し倒れた背中を踏みつけた。どちらかというと、畑を荒らした獣のようだ。
「俺はシズちゃんのことが嫌いで嫌いで大きらいだから、嫌がらせをしてあげよう!」
 今日も今日とて折原臨也は折原臨也で、整った顔に厭らしく歪みきった笑みを浮かべて静雄にナイフを向けていた。柔らかな声をキンと尖らせて言う。
「あぁ? 手前の存在が嫌がらせだろうが、臨也君よぉ。死ね、とりあえず死ね。俺が殺してやっからよ!!」
 臨也の声を聞くやこめかみに青筋を立たせた静雄は、臨也に投げつけるべく片手で持ち上げた机を振りかぶった。これも常の光景であった。
 ゴムまりでも投げるかのように、臨也をめがけて机が飛ぶ。全てが条件反射で、一瞬の出来事だ。
「大仰な攻撃は、外れると隙が多いってホントだねえ」
 漫画で読んだ通りだと笑う。最近やけに逃げ脚だけは速くなった臨也が、紙一重で交わして、するりと静雄へ間合いを詰めてきた。
 静雄が踏みつけた不良の屍(死んでない)の上に乗りあげて、僅かに縮まる身長差。
「てめ――っ…!」
 至近距離に驚き、第二撃が遅れる。
 瞬いた瞼の柔らかな丸みに一瞬気を取られ、赤い瞳を縁どる睫毛が影を作るくらいに長いことがやけに気になって、何だ心臓がいてえ何しやがったクソノミ蟲…っと思った瞬間、唇に何かが触れて、静雄は頭がパーンとなった。
 しかも触れるものがあまりに柔らかいことに気づき、その温度を感じるより先に柔らかいものはあっさりと離れた。
 鼻と鼻の距離が近すぎる。そこにあるのは忌々しい男の顔である。
 静雄が知る限り、世界一可愛い弟に匹敵するくらい造形だけは整った、そしてある意味、国宝級の芸術品のように美しいと思ってやらないでもない、造形だけは眉目秀麗な―――しかし親の仇よりも憎らしいことこの上ない天敵の顔だ。
 それがキスだと、気づくのには時間がかかった。ファーストキスである。童貞少年がすべからく夢と希望を抱いているであろう、初めてのキスという生涯の大イベントを、臨也に奪われた。
 近すぎる赤い瞳が上目づかいに静雄の瞳を覗きこんできて、

「……嫌がらせ☆」

 にこぉっと笑ったので、腹が立った。
 腹が立って我慢できる静雄ではない。
 考えるより先に静雄は臨也の胸倉をつかみ上げて、足元が浮くくらい強く持ち上げた。苦しげに歪む顔を見れば若干溜飲が下がったような気がしたが、ふと目に入った臨也の艶やかな唇が目に入ると一瞬で怒りは蘇った。
「手前、ふざっけんじゃねえぞ臨也ああああ!!」
 腹の底で沸騰した怒りがわき上がるままに、声を張り上げた。割れるくらいに怒鳴る声に臨也は満足気に唇を舐めた。ぷるりと濡れた唇とちらりと覗く歯の白さに、下半身に痛みを覚えるほどの殺意を感じた。
殺す殺す殺すさっくりざっくりメラッと殺す死ね死ね死ね死ねでも楽に死なせてたまるか世界中の不幸を背負って苦しんで死ねのたうち回って内臓破裂させてから死ね死ね死ね殺す殺す殺す殺す殺す!!!!―――平和島静雄の名が泣くようなグロテスクな感情の激流を、抑えられない。抑えるすべがない。
「最高の嫌がらせじゃねえか臨也君よぉ、気色悪い真似しやがって!! 屈辱すぎて死にてえくらいだぜ!」
「っもしかしてファーストキス奪っちゃった? そんなに嫌なら死ねばいいと思うよ!」
「はっ、冗談じゃねえ。手前が生きてて俺が死ぬなんざそれこそ最悪だからなぁ。手前にも死んだほうがマシなくらいの屈辱を味わわせてやらぁ」
 ブチンブチンと青筋が浮いていくのに比例して青ざめた臨也の白い相貌から、一気に血の気が失せていく。それでも唇の端は気丈にも笑みの形を絶やさない。
 この唇が触れてきたのだ。キスを、された。忌々しい事実は消えないが、その屈辱だけでも消してやらねば、静雄の気が済まない。
 ニィ、と凶悪に笑った静雄の顔が、世界一可愛い弟に匹敵する可愛らしく芸術品のように整った顔にぐっと引き寄せられた。
―――――ちゅっ。―――――
 殴るより静かな、世界中の暴力がひれ伏すほど平和的な音がした。窓から差す夕焼けに透けたカーテンに映る二つの影は、その瞬間、ひとつだった。
 すぐに離して至近距離に見た臨也の顔は、豆鉄砲どころか豆ガトリングを食らった鳩のようで、静雄は満足げに笑った。これぞドヤ顔である。
「どうだ、手前の大きらいな化け物のキスだぜ? 人ラブな臨也君には最高の嫌がらせだろうがよぉ」
 先ほどまでのおどろおどろしい感情が、晴れた日の空のように澄んでいくのがわかる。
 数センチ地面から浮いた足をぷらぷらさせたままの臨也は、ぽかんとした間抜けなカオのまま硬直し、何かに操られたかのようにふらりとした指で自分の唇をなぞった。思い出したようにぱちぱちと瞬きをする猫のような瞳。
「嫌だったのかどうかよく分からないから、もう一回して」
 と、夢と現を漂う声で言うので、静雄はカチンと来た。
 人が折角してやった嫌がらせに無反応とは何事だ!
 「だったら何度でもしてやるよ。思い知れよ、臨也ぁ!!」
 そう言って再び唇を合わせると、臨也は馬鹿みたいに目を開けたまま
「もう一回」
 などと言いだした。分かるまで何度でもしてやる、むしろ死ぬまでやり続けてやる、嫌だっつってもやめてやんねえし、嫌になるまでやってやる。嫌がらせなのだから当然だ!
 やや乱暴に触れあった三度目の正直に、ようやく臨也は瞬きをした。
「わかったかコラ」
「わかんない、シズちゃん」
「ああ?ふざけんなよ手前、嫌がれよ。嫌がるまでやり続けるからな。死ね」
ちゅっ
「もっと」
ちゅっ
「まだ」
ちゅっ
「もっかい」
 気がつくと臨也は完全に目を閉じて、静雄の肩に手を載せていた。
 仕方がないので、静雄は何度目か知れないキスをして、まどろっこしくなって舌をツッコんでやった。臨也の唇はすんなりと開いて、舌と舌が絡まる。
 暫くくちゅくちゅと水音がして唾液を絡め合い、僅かに離れた唇の隙間からどちらのものとも言えない呼吸が溢れて、つやつやの唇がぷるんと光を弾く。
 臨也は泣きそうな顔をしていて、静雄は己の勝利を確信してニヤリと触れあったままの唇の端がつり上がる。
「どうだ、死にたくなったか」
「くやしい…嫌じゃないなんて悔しい死にたい、いや死ねシズちゃん」
 ぼろぼろと零れていった涙にべろりと舌を這わせた。静雄は上機嫌そうに鼻を鳴らす。
「はっ、ざまあみろ。臨也の癖に俺にキスするとか百年早ぇんだよ、っていうか死ぬまで許さねえ。手前は俺にキスされる屈辱を一生味わいやがれ、クソノミ蟲が!」
 言うや否や、二人の唇はあまりにも自然に再び重なるのだった。










不良A(早く俺の上からどいてくれないかな……)







タイトルは「こいつらうざい」と読む。
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